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タイ抑留n日目…まだか、夜明けは…

タイ脱出記 おわりに

 一つの長い旅が終わった。

 いや、せいぜい5泊6日だが。

 

 仕事以外で海外に行くのは初めてで、その初の海外旅行の起点がバンコクからっていうのも随分おかしな話だが。

 学生の頃なら、もっと色んなところに行ってみようという熱意も好奇心も時間もあったろうが(ただし金はない)、海外底辺労働者に身をやつした今となっては1週間程度の旅行も随分と難しい。それでもいざ実行するぞと決めると、予約もネット経由、旅行中もアプリで旅程やホテルの場所もすぐ分かったし、スマホがあれば写真も観光地もすぐ検索出来た。そんなこんなでコンビニ行くのも面倒くさがる出不精の自分でさえ、存外楽に3カ国周ってしまえた。時間とやる気の問題を除けば、海外旅行の敷居は私の座高ほど低くなっているのではないか。

 

 カンボジアにしろベトナムにしろ40年ほど前、東西冷戦の渦中にあった国だ。ホーチミン市はベトナム戦争終結の地で、シェムリアップでは同郷人の一ノ瀬泰造が72年に死んでいる。カンボジアではある世代以上を殆ど見かけなかった。眼鏡を掛けた人も。よく知らなくて、Wikiでカンボジア近代史を知り、なんとなく覚えていた明石康の名前を思い出した。93年、カンボジアで民主選挙が実施。その頃私は小学1年生で、そこに至るまでにどういう経過があったのか知りもしなかったが、プラトーンにグッドモーニング・ベトナム、ディア・ハンター、ランボー、映画と伝聞でしか知らなかった時代が今現在と地続きであるとはっきり知ることになった。

 キリングフィールドにトゥールスレン、知れば知るほどに後ろ暗く、目を背けたくなる過去がありながら、今のカンボジアに悲しみのようなものは感じられなかった。どうにもボッた両替レートも、やたらに物を売りつけようとする土産物屋の店員も、きっとそこには前向きさがあったのだと思う。毎日嫌々働く自分と比べて、豊かさとは何かと問いかけられたような…

 きっと旅にはそういう意味もあるんだろう。

 

 なんにしても一番楽しかったのは、トゥクトゥクでカンボジアの田舎道をかっ飛ばしたことだろう。渋滞もなく、砂埃巻き上げて、風を受けて走るのは随分と愉快だった。バイクやオープンカーに好んで乗る人種はこういうのが楽しくて乗っているんだろう。結構なことだ。

 バンコク生活も半年になり、ルーティンと化した通勤渋滞も日本の労基法の及ばないサビ残にも随分と飽き飽きとしていたのだけど、旅をして知らない土地で見たことも聞いたことのないものを見て刺激を受けるというのは随分と楽しいことだと改めて思いだした。

 アンコールワット、新年を前にしたホーチミン、シンガポールで無茶な量の中華。今も思い出すと面白かった記憶しか出てこない。

 

 さあ、次はどこに行こうか?(この先ロクに祝日のないタイのカレンダーとチケット代の支払い総額に頭を抱えつつ)

 

  Fin.