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タイ抑留n日目…まだか、夜明けは…

タイビール飲み比べ

 年末旅行以来すっかりタイネタから離れてしまっているので、久しぶりにタイらしいネタにしようと思ってセブンイレブンでビールいっぱい買ってきた。ちなみに私が一番好きなビールは、スミノフアイスとほろよいの季節限定ラムネ味です(ビールですらない)

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・シンハ

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 ながされてThailan島読者ならもうすっかりご存知、タイビールの雄。獅子のラベルが目印。すっと飲めるので、日本のビールが飲めない私も好きです。

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 ラベルのガルーダは王室認定の証。17年入ってから330ml瓶が37バーツから39バーツに値上げしたような…?

 

・チャン

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 シンハ以上にタイビールシェアを伸ばしてるのがこのチャン。緑の瓶に象がトレードマーク。囲い込みに力入れてるのかCMよく見かけるし、バンコクの飲食店でチャンしか扱ってない所もわりとある。アルコール分5%。味は…ビールっぽいビールの味がする(小並感)。

 

・チャンクラシック

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 普通のチャンとの違いが分からないが、チャン以上に苦い…気がする。いよいよ全部同じ味に思えてきた。アルコール分5%はチャンと同じ。

 

・LEO

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 見たとおりヒョウ。シンハ、チャンよりいくらか安く実はタイで一番売れてるのはこれらしい。(の割にはシンハと同じ39バーツだったが…?)製造元はシンハと同じ。一口目の苦味はシンハより強い気がするけど、あんまり後を引かずにグビグビ飲めてしまう。人はそれを味が薄いというのかもしれない。

 

・タイガー

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 タイビール飲み比べといいつつ、シンガポールビールのタイガー。アルコール分5%。シンガポールで飲んだときよりなんか苦い気が…???

 

・タイガークリスタルライト

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 琥珀色が透ける瓶がオシャレ。アルコール分4.1%。苦味はそのままだけど確かにアルコール強くない気がする…が、もはやアルコール分の多寡に関係なくフラフラ。

 

・結論

 予想はしてたが、だいたい全部ビールの味がした(小並感)

 ビール嫌いにとってはLEOが一番飲みやすい気がする…

 うん、気がするだけ。

 

 ということで今夜も私はスミノフアイスを飲むのであった…

 

 

タイ脱出記 おまけ

 3カ国も回ると使いきれなかったお金がそれなりに残るわけで。6米ドル、500カンボジアリエル、5000ベトナムドン、2.35シンガポールドルが残ってしまった。(日本円で900円程度)

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 手元には残らなかったけどベトナムドンとシンガポールドルはプラスチック紙幣というやつで、日本人には馴染みのない触感にとまどったり。

 

 国際線の出国審査抜けるとどこの売店も料金表示はドル基準なんだよな。ということでドルって基軸通貨なんだなあとしみじみ思う旅でもありました。

 ドルは使いようがあるにしても、カンボジアリエルなんてカンボジア国内でさえ主要通貨として扱われてなくて米ドルが流通してるわけで、リエルを使う機会がこの先あるのだろうか?

 

 さてそんなカンボジアリエルだが、裏側の券面をまじまじと見るとなぜかカンボジア国旗に並んで日の丸が?

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 紙幣に他所の国の国旗とか穏やかじゃないわねって感じだが、調べると裏面の橋は日本のODAで建設された橋だそうで。ちなみに走ってる車の絵は日産ジュークとトヨタ・カムリとのこと。知らない所でそういう縁があるのだなあと気づいた次第。

タイ脱出記 おわりに

 一つの長い旅が終わった。

 いや、せいぜい5泊6日だが。

 

 仕事以外で海外に行くのは初めてで、その初の海外旅行の起点がバンコクからっていうのも随分おかしな話だが。

 学生の頃なら、もっと色んなところに行ってみようという熱意も好奇心も時間もあったろうが(ただし金はない)、海外底辺労働者に身をやつした今となっては1週間程度の旅行も随分と難しい。それでもいざ実行するぞと決めると、予約もネット経由、旅行中もアプリで旅程やホテルの場所もすぐ分かったし、スマホがあれば写真も観光地もすぐ検索出来た。そんなこんなでコンビニ行くのも面倒くさがる出不精の自分でさえ、存外楽に3カ国周ってしまえた。時間とやる気の問題を除けば、海外旅行の敷居は私の座高ほど低くなっているのではないか。

 

 カンボジアにしろベトナムにしろ40年ほど前、東西冷戦の渦中にあった国だ。ホーチミン市はベトナム戦争終結の地で、シェムリアップでは同郷人の一ノ瀬泰造が72年に死んでいる。カンボジアではある世代以上を殆ど見かけなかった。眼鏡を掛けた人も。よく知らなくて、Wikiでカンボジア近代史を知り、なんとなく覚えていた明石康の名前を思い出した。93年、カンボジアで民主選挙が実施。その頃私は小学1年生で、そこに至るまでにどういう経過があったのか知りもしなかったが、プラトーンにグッドモーニング・ベトナム、ディア・ハンター、ランボー、映画と伝聞でしか知らなかった時代が今現在と地続きであるとはっきり知ることになった。

 キリングフィールドにトゥールスレン、知れば知るほどに後ろ暗く、目を背けたくなる過去がありながら、今のカンボジアに悲しみのようなものは感じられなかった。どうにもボッた両替レートも、やたらに物を売りつけようとする土産物屋の店員も、きっとそこには前向きさがあったのだと思う。毎日嫌々働く自分と比べて、豊かさとは何かと問いかけられたような…

 きっと旅にはそういう意味もあるんだろう。

 

 なんにしても一番楽しかったのは、トゥクトゥクでカンボジアの田舎道をかっ飛ばしたことだろう。渋滞もなく、砂埃巻き上げて、風を受けて走るのは随分と愉快だった。バイクやオープンカーに好んで乗る人種はこういうのが楽しくて乗っているんだろう。結構なことだ。

 バンコク生活も半年になり、ルーティンと化した通勤渋滞も日本の労基法の及ばないサビ残にも随分と飽き飽きとしていたのだけど、旅をして知らない土地で見たことも聞いたことのないものを見て刺激を受けるというのは随分と楽しいことだと改めて思いだした。

 アンコールワット、新年を前にしたホーチミン、シンガポールで無茶な量の中華。今も思い出すと面白かった記憶しか出てこない。

 

 さあ、次はどこに行こうか?(この先ロクに祝日のないタイのカレンダーとチケット代の支払い総額に頭を抱えつつ)

 

  Fin. 

タイ脱出記 シンガポール編

 2017年元日、旅はベトナムから最後の目的地シンガポールへ…

 タンソンニャット出発が二時間遅れ、イミグレーション通過してロビーに出た頃には午後9時過ぎ。時計を見ると時差で1時間未来に来てしまっていた。(日本時間にあと一時間のところまで迫ったのである)

 3日滞在したが、正直申し上げてシンガポールについて語ることは、蒸し暑いのと朝マックでホットケーキがあると言うくらいしかない。あとはトイレットペーパーを普通に流せるというところか。

 

 よって以下は写真でお茶を濁すことにする。

 

 

 はい、お約束のマーラインだばー(思ってたより小さい)

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 チャイナタウンの縁起物市

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 ベトナムもシンガポールも、華僑が多いところは干支を祝う概念があるのだな。つまり、えとたまを東南アジアで放映すれば大ヒット間違いなしということだ。

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 ヒンドゥー寺院

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 華僑寺院

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 ヴィクトリアシアター

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 歴史的にも地政学的にも多様な民族の集まる土地であるのでちょっと歩くだけで色んな様式の建築物が見られる。

 

 景気がいい国なのでそこら辺にBMW i8(市価2000万円)が路駐している。

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  景気がいい国なのでそこら辺にAudi R8(市価800~1200万円)が駐車している。

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 景気がいい国なのでそこら辺にイミフ建築がある。

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 景気がいい国なのでそこら辺にイミフオブジェがある。

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 景気がいい国なのでそこら辺にイミフ(以下略 

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 マーライオンもよくよく見れば大概イミフデザインだし、いよいよシンガポール人の美的感覚が分からなくなってきた。

 

 笹リコメンド 行列のできるSong Faのバクテ(肉骨茶 - Wikipedia) 6シンガポールドル。特別美味いって味じゃないんだが、胡椒スープに漢方?っぽい隠し味が入ってよく分からんが一度口にするだけで気付くと必死でスペアリブにかじりつき、スープをひたすらすすることになる異様な依存性をもつ悪魔の食物。これは迂闊に食ってはいけない(写真見たらまた食いたくなってきた…) 

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 笹リコメンド天天海南鶏飯店が残念ながら休業日だったので、別の店で長崎感のあるシーフード皿うどん(うまい) 4シンガポールドル。

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 どう考えても一人で食べる量ではなかった中華屋の青椒肉絲(意地でも食った) 10シンガポールドル。たけのこ無し、そういうのもあるのか!!

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 カンボジア、ベトナムと回ってきたけど、シンガポールが一番食い物はうまかった。そして一番高かった。

 

 そして一時の旅は終わり、再びタイ抑留生活へ…

 

(つづく)

タイ脱出記 ベトナム編

 押しも押されもせぬ2016年の大晦日、アンコールワットからベトナム・ホーチミン市へと向かった。

 新年を翌日に控えた市内は既に大変なお祭り騒ぎとなっていた。

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 お祭り騒ぎと散々に彩られた街のイルミネイトで忘れていたのだが、ここは社会主義国なんだよな。はためく赤星紅旗にふと思い出させられる。

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 そうは言ってもホーチミン像前も人でごった返し芋洗いの様相を呈していた。

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 翌1月1日、ホーチミン市街へ。

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 フランス統治時代に建てられたというサイゴン大聖堂

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 そこからしばらく歩くと統一会堂(Wiki)がある。かつての南ベトナム大統領府であり、ベトナム戦争終結の地だ。

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 チケットを買って中に入る。

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 前庭右手には二両のT54戦車が展示されている。これはプラウダ高校、ではなく北ベトナム軍のもの。40年前、この戦車が突入し、大統領府は制圧され、屋上に赤星紅旗が掲げられた。サイゴン陥落の瞬間である。

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 アメリカ軍事顧問団が控えていたという部屋

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 当時突入した北ベトナムの戦車兵

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 屋上よりT54を望む。果たして戦車の突入を目にした南ベトナム大統領はいかなる思いであっただろうか…

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 しかし40年後の今では、屋上売店でコカコーラとペプシを売ってるのが最高に皮肉である。

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 4階から1階に降り地下防空壕まで順路を進み、裏口から建物を出る観光客を最後に子供の遊ぶ声が響く公園が待ち受けている。意図して配置されたのかは分からないが、そこは40年前の戦争とは無縁であるようなそんな場所だった。

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 最後にベトナムコーヒーを飲み、最後の目的地シンガポールへ…

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(つづく)

タイ脱出記 アンコールワット編3

アンコールワット編その3

 

 アンコールワットをあとに、トゥクトゥクはアンコールトム中央に位置するバイヨン寺院(Wiki)へと走る。

 

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 中央に向けて階段状に構築された伽藍の中央塔は40mに達するという。

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 このバイヨンのその姿をこの目で見たときから、あるアニメのことがずっと脳裏をよぎっていた。例えば石楼の奥に得体の知れぬ石像があり、例えばそこに豊崎愛生声で喋る化物が憑いているような。

 「んん~、安吾だねぇ…」

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 四方にそり立つ石塔の四面に象られた尊顔、それは観音であるともヒンドゥーの神々であるとも言われている。中央楼に上がればあらゆる方向にその石顔はあり、クメール王朝に隆盛した仏教世界の異様がありそのすべてを統べた王の威容があり、私は言葉を失いただただ四方へシャッターを切るしかなかった。

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 苔むした石積みの廃墟。崩れた石壁。壊された仏像の胴体だけが台座に残り、宗教的混乱と長大な時間の経過を見せつけられる。

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 ランチタイム

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 チキンライス、量はそれなりであったが、6ドルは観光地価格だろう。

 

 タ・プローム。正門にはバイヨン様式の石顔がそびえる。

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 疑似アーチ構造をとる回廊の屋根はどこも崩れ、荒廃した様はかつての繁栄と時間の経過を嫌というほど突きつける。

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 崩落を免れても、その石組みを割って入ったガジュマルは既に深く根を張り、もはやそれも遺跡の一部となっていた。

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 仏教寺院であるが、ここには仏がいない。かつて仏陀が彫られていたであろうレリーフはあらゆる場所で削り取られていた。ヒンドゥー教支持派によるものであるという。

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 バンテアイ・クデイ

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 仏のレリーフは削り取られていた。ふとアユタヤ寺院跡の仏像も凄惨なまでに壊されていたのを思い出した。
 

 プレ・ループ。

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 後から知ったが、高台にそびえるこの遺跡は、アンコールワットの夕陽が見れるスポットとして人気だったようだ。あいにく日中であったが。

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  五基ほど立つ石廟はかつて死者を荼毘に伏した場所だったという。

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 四隅に配置された象。タイでも建物の四隅に象を置く風習をよく見る。

 

 かくして朝8時から歩き通しに疲れ17時前に帰路へ。

 

 夕食はシェムリアップに複数店舗があるNOIRへ。

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 ピザパン(具がかにかま)とアイスカフェオレで3ドル。

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 そして旅は第二国目、ベトナムへ…

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 (つづく)

タイ脱出記 アンコールワット編2

アンコールワット編その2

 

 まずはアンコールワットチケットカウンターで20米ドル支払い入場チケットを購入。さらにトゥクトゥクで揺られること15分ほど。ひたすら直進していたトゥクトゥクの前に急に環濠が現れ、道は左に折れる。トゥクトゥクは濠にそって進む。右手の水面のその奥、木々に覆われたそこにそれが見え始める。

 

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 駐車場でトゥクトゥクを降りて、アンコールワット遺跡へ。西側濠の中央を渡る参道を進む。朝の8時過ぎ、既にそこには多数の先客。

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 西大門を抜けた先、石畳のテラスの向こうに三つの石塔が見え始める。(正確には後方に更に二つの塔がある)。石積みの遺構は、およそ800年前クメール王朝の時からそこにあったのだという容赦のない威容を800年後の今なお発しており、ひと目見ただけでそれに圧倒されてしまった。

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  参道の両脇にはナーガとシンハ(獅子)が控える。タイビールで著名なシンハーもシンガポールの語源もこのシンハを語源とする。獅子を参道に配するのはエジプトに由来するとか。巡り巡って日本の狛犬のルーツをカンボジアの地で垣間見ることになるとは。

 

 参道を進み最初に入る回廊にはヒンドゥー教における天国と地獄のレリーフ、神話、乳海攪拌(Wiki)が描かれている。

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 乳海攪拌

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 地獄の釘刺し刑の模様

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 伽藍の支柱にあるという森本一房(Wiki)の書を探したのだが、結局見つけられなかった。

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 中央塔は長蛇の列が出来上がり、2時間待ち。早々に諦めてしまった。

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 アンコールワット遺跡群の随所で見かけるアプサラ(Wiki)のレリーフ。ガノタならアプサラスの由来であるから知っているはずだね?そういえば08小隊の舞台もこの辺をイメージしたのであろうか。

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 8時過ぎに着いて、歩き廻っているうちに気付けば12時を回っていた。アンコールワットの威容を誇るその姿を背に、次なる遺跡・バイヨン寺院へと向かった。

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(つづく)